のんのこ節とは
長崎県諫早市から佐賀県南部にかけて唄い継がれてきた民謡が「のんのこ節」です。
現在は諫早市で毎年9月に開催される「諫早のんのこ祭り」において、7千人にも上る参加者が踊る「のんのこ街踊り」として親しまれています。

のんのこ節は諫早市民に最も親しまれている民謡で、両手にそれぞれ2枚の小さな皿を持ち、カチカチと鳴らしながら踊ることから、別名「皿踊り」とも呼ばれています。
のんのこ節の元歌は酒盛り唄で、江戸時代後期の文化年間に江戸で流行した「のんのこさいさい節」が唄い継がれる間に今の形になったと言われています。

のんのこさいさい節は酒盛り唄から派生したものですが、その由来は江戸時代の参勤交代の時に起こった出来事だそうです。

諫早の藩主が参勤交代で箱根の関所を通る際、関所の役人が居眠りをしていたそうです。関所を通過するときは、槍や大鳥毛などの道具類を前方へ45度以上傾けて通過しなければならないというルールがあったのですが、役人が居眠りをしていた事で、その号令が出なかった為に道具を傾けずに通過するところでした。

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気付いた役人が怒り、行列を引き返せと咎めましたが、足軽頭が逆に啖呵を切って言いくるめ、行列はそのまま関所を通過しました。
勿論これは当時としては異例な事で、一行はその後暫く進んだところで芝生の上に腰をおろし、「吾が諫早藩のみが、立て道具のまま関所を通った随一の藩である」と、酒杯をあげたそうです。

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その際、一人の藩士が即興で唄った唄が「芝になりたや箱根の芝に 諸国大名の敷芝に」という、現在の「のんのこ節」の一番目に唄われる詩であったと言われています。

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のんのこさいさい節は、そのまま江戸での参勤の折に唄い続けられ、江戸時代に各地で民謡が流行したことも手伝い、広く唄われるようになったということですが、この唄が諫早に戻り伝えられたのは参勤交代時の藩士によるものではなく、四つ竹を用いる遊芸人によると言われています。

四つ竹というのは、竹片を両手に二枚ずつ持ち、手のひらを開閉して打ち鳴らす楽器で、芸人が踊りながら使うものでした。その踊りと「のんのこさいさい節」が合わさって、現在の「のんのこ節」も小皿を二枚ずつ持って鳴らしながら踊るスタイルになったと言われています。